南海トラフ地震発生への緊張感が刻一刻と高まりつつある中で、ジグ研削のイシイ精機(横浜市都筑区川向町)は、事業継続計画(BCP)対応を進めながら、企業としての成長も同時実現する「攻めのBCP」を展開する。横浜の本社と新潟県胎内市の工場が、同じ生産機能を持つことでリスクを分散。二拠点の運営は経費が増すものの、その分、地方で優秀な人材を獲得したり、東北エリアでの販路拡大につなげたりしてキャパシティーを拡大させている。国内回帰に対する機運の高まりも追い風に、同社の「攻めのBCP」は注目されている。
地方拠点を活用し人材獲得も
■1000分の1ミリ単位
県内では珍しい「ジグ研削加工」を手掛ける企業。同加工は、ものづくりでもニッチとされるが、特筆すべきは加工精度。「ジグ研削盤」と呼ばれる専用機を用い、ダイヤモンドなどでできている砥石を超高速回転させ、ワーク(加工対象物)を1000分の1ミリメートル(マイクロメートル)単位で削っていく。「削るというより、磨くという方が近いです」と、堺裕之社長は説明する。
電気自動車(EV)モーターのコア部品用金型や、医療系、航空宇宙分野のベアリング部品...。どれも“超高精度”が問われる最先端分野で活用される。取引先は800社超。「他社ではできないと言われ、寄せられる案件が多いです」
■社員数14人で2拠点
社員数14人と小規模ながらも、新潟にも拠点を置いたのには理由がある。
きっかけは2007年の新潟中越沖地震。現地の自動車部品メーカー1社が被災したことで、自動車業界のサプライチェーン全体が寸断した。
そんな報道を見た堺社長が感じたのは「(ものづくり企業は)何があっても絶対に供給を止めてはならない」ということだった。
2011年、新潟に代替生産拠点となる新工場を完成。くしくも東日本大震災が発生した年で、BCPの重要性がかつてないほど高まった時期だった。
現在、両工場が1日8時間体制で稼働。万が一、災害でいずれかの工場が操業停止したとしても、復旧までの間、稼働中の工場の技術者が出向いて24時間稼働の生産体制に変更する。これにより、変わらず供給が続けられる。
とはいえ、当然だが経費もかさむ。かといって、すぐに黒字化できる王道もない。「とにかく収益化するまで時間がかかりました。でも、諦めず地道にやってきました」
■「続けること」が経営
地方に拠点を設けたことで大きな収穫もあった。その一つが人材獲得だ。
堺社長は「(首都圏と比べ)求人してもすぐに集まります。モチベーションが高く、若くて優秀な人材もいます」と明かす。しかも、秋田や山形など、近いエリアからの受注も相次ぎ獲得できるようになり、「新潟の工場だけでやっていけるほどになりました」と言う。
帝国データバンク横浜支店によると、県内企業のBCP策定率はわずか18.6%(22年6月発表)。とりわけ中小企業で進んでいないのが実情だ。
同社がBCP対応で新潟に工場を設立して約15年。軌道に乗せるまでの道のりは決して平たんではなかったが、BCP対応を万全にしたことは、何よりも顧客にとっての安心感、信頼感になっている。結果的に大きな差別化にもつながる。
「経営で大切なのは、諦めずに信じて続けることです」と語る堺社長の信念が今、実りつつある。