機器・装置・製品/ロボット

「世界最高齢の職人」ギネスに挑む 94歳社長の磨く技術

94歳で現役社長、そして毎日現場もこなす熟練職人─。人生100年時代と言われる中、そんな鉄人が率いるばねメーカーが横浜市鶴見区にある。設立65年目の日東発条創業者・尾上芳充社長は、いまだ現役のばね職人。「世界最高齢の職人」として、ギネス認定に挑戦している。尾上社長は機械を使わず、精密なばねを「手巻き」できる技術を持っており、試作用に1本からでも受注している。そのノウハウを伝える一方で、中国に量産を担う2工場も展開。匠の技と量産技術を併せ持ち、ものづくり産業を下支えしている。

希少、ばねの「手巻き」

手巻きばねは、丸棒を手回ししながら材料のワイヤを巻き付けて作る。その力加減は繊細で、正確に仕上げるためには各種の治具や道具も手作りする必要があり、極めて奥が深いとされる。

同社では本社21人中8人が現場担当者で、全員が手巻きばねを仕上げる技術を持ち、顧客から品質の高さを評価されている。

中でも卓越しているのが、最も経験の長い尾上社長。事務機器や金融関連の電子機器などの試作部品として、1個から数十個の少量多品種生産に対応している。

一方で1995年に中国へ工場進出し、現在は深圳と無錫の工場で月数十万個のばねを大量生産している。尾上社長は、顧客である大手企業の海外生産シフトを見て、自らの海外進出を決断した。

進出してから細かい仕事で実績を積み上げ、事務機器やカメラなど日系大手企業の現地工場から仕事を獲得してきた。ばね製造の自動機設置台数は日本の本社工場の20台に対し、中国2工場では合計130台を稼働させている。

巻きばねは自動機生産ではワイヤの線径0.08〜3ミリメートル程度の精密ばねを得意とし、手巻きばねでは同5ミリメートル程度のさらに大きなばねにも対応する。また、同0.1〜5ミリメートルのワイヤを平面形状に曲げたばねにも加工する。

尾上社長の任期が長くなった背景には、子息を失った悲しい記憶がある。それでも経営者として職人として毎日の努力を続けてきた。2022年末に勤め人だった甥(おい)の尾上浩太郎氏が入社し、事業承継する予定だ。

「創業当時は自動機なんか無かったから、みんな手で巻いたものです。今では中国のスタッフもずいぶん腕を上げました」と振り返る尾上社長。95歳の誕生日は「9月16日・敬老の日」。しかし、顧客も社員も最も腕の良いばね職人に引退を許さず、社長のバス出勤する毎日は続いている。

(2024年9月号掲載)