住まいの産業 / ライフサイエンス

定年間際の事業再構築 コロナ廃業危機を乗り越えた挑戦

神田農園(小田原市寿町)が生キクラゲの出荷を加速させ、コロナ禍による廃業危機から復活を遂げようとしている。コロナ禍により、これまで主力栽培していたコチョウランの需要が激減、地元商工会議所による支援を受け事業再構築に挑んだ。そしてコチョウランの栽培設備を活用しながら、キクラゲを栽培することに成功。市場では外国産キクラゲが席巻する中で、安全・安心の地元産が受け入れられ、今では総菜メーカーや地元スーパーなどに出荷し、将来は「小田原キクラゲ」を地元特産品にすることも目指している。

コチョウランからキクラゲ栽培へ

開業記念やイベントといったお祝いに欠かせないコチョウラン。実は生産体制はグローバルで、台湾などの海外で作られた苗を日本の各農園が輸入し、花を咲かせるまで育て出荷している。

同園もまたインドネシアに苗生産を委託していた。同園のコチョウランは有名で、かつては農林水産大臣賞も受けたことがあるほどだった。

大学卒業後、農業アカデミーを経て実家である農家を継いだ神田智充代表。「この世界に入って40年間、ほぼ休みなしで働いてきました」と言うほど、コチョウラン栽培は激務。だから「65歳までと決めていました」。

「前を向くしかなかった」

まもなく農業からの“定年”を迎えようとしていた矢先、コロナ禍に見舞われる。相次ぐイベントの中止により、需要が激減。「最盛期は1本5000円で売っていたコチョウランですが、コロナ禍で価格が急落し、1鉢500円にまで下がりました。育てるまで4500円のコストがかかります。赤字なんてレベルではありませんよ」と振り返る。

さらに、海外ロックダウンで国際便が止まり、インドネシア農園からの苗も届かなくなった。「もうどうにもならなくなりました」。まさに危機的状況だった。

廃業も視野に入れ、地元・小田原箱根商工会議所に相談すると「温室で栽培するキクラゲはどうか」との提案を受けた。

“食べる漢方薬”と言われるキクラゲだが、市場に流通する95%は中国産。安全・安心の地場産への関心が高まっていたという。

調べてみると、コチョウランの設備が使えることが分かった。だが、栽培のノウハウがない。無我夢中で、数少ないキクラゲ農家を訪ねたものの、農家にとってノウハウを教えることは“競合”を増やすことになる。当然ながら、どこも願いを受け入れなかった。

白いキクラゲの出荷も始めた

諦めかけた時に、他県で障害者の就労支援施設がキクラゲ栽培をしていることを知り訪ねた。そしてノウハウだけでなく、「菌床」を持っている農家も紹介してもらうことになった。最初は断られたが、何度も通い熱意を見せる中で、相手もようやく首を縦に振った。

こうしてキクラゲ栽培を開始。「手探りでしたが、先が見えない中でもやるしかないんですよ。前を向くしかありません」。ポジティブ精神は失わなかった。

ボイラーの移設や棚の設置など、コチョウランからキクラゲ仕様への変更は、すべて自分で手掛けたことで設備投資費用を抑えた。

こうして2021年5月に初出荷。安全安心の地元産、そして密度のあるコリコリとした食感が評判を呼び、同会議所の支援もあって県内スーパー180店舗に卸す総菜メーカーにも採用された。同時に、市内小学校の給食にも使われるようになった。

最近では白いキクラゲの出荷も始めるなど、生産量は増え続けている。「相変わらず休みはありませんが、毎日が楽しいです」と神田代表。今後は市外にも「小田原キクラゲ」を広めていきたいと奔走している。

(2024年8月号掲載)