自然に囲まれた愛川町角田に、機械加工一筋60年以上の達人がいる。高峰精機の後藤邦夫社長だ。創業以来、外部にほとんど露出することがなくても、業界トップシェアの企業から仕事を次々と依頼される企業だ。価格競争にも巻き込まれず、地元金融機関が太鼓判を押すほどの高収益企業にもなっている。後藤社長は80歳となった今でも、定時制高校に通いながら学び続けており、ものづくりに対する飽くなき探求心を持っている。
高峰精機、機械加工の達人の飽くなき探求心
■世界的メーカーと取引
後藤社長は「1級機械技能士」や「職業訓練指導員」も持つ。従業員は12人。取引先はわずか3社だが、いずれもその業界で高シェアを占める企業ばかり。中には世界的メーカーもある。
「親企業の信頼が厚く、常に引き合いがありますので、営業をすることなくても経営は安定しています。その分、ひたすら(加工の)研究を続けています」と後藤社長。最近では異形物(バルブ)のフランジ左右両面を一連の動作で削れる工法も開発し、特許を申請した。
この世界に入ったのは15歳の時。27歳で起業し現在に至る。その間、異業種交流会などで、外部の企業ともあまり関わることなく、加工技術の追求に没頭している。
工場では、少量多品種生産が主力。年間約千点に及ぶ種類の部品加工を手掛ける。強みは、バルブなど「異形物」とされる、複雑な形状をした部品の切削加工。時には製品の組み立て、耐圧試験まで受託することもある。
■治具製作で大きく差別化
他社と大きく違うのは、どんな異形物でも、図面を見ただけで、その形状に合った「治具」が最短で製作できる点。治具とは、加工されるもの(ワーク)を固定し、加工の案内をする補助的な役割を持ったもので、「補助工具」ともいわれる。
部品形状がシンプルなら、治具は作りやすいが、複雑になればなるほど難しい。しかし、後藤社長の経験が、それを可能にする。
工場内には、これまでのストック分も含めると、数え切れないほどの種類の治具が置かれている。
今や機械加工の業界は、最新設備がそろっており、それらを駆使すれば、熟練職人でなくても、ある程度の加工ができる。その点、後藤社長は「精度はもちろんですが(大きく差別化するためには)“あか抜けたもの”を納めなければなりません」とも説く。
金属加工品にとっての「あか抜けたもの」は、精度を十分満たし、見た目も美しい「バリ」がないものだという。バリとは、金属や樹脂などの素材を加工した際に発生する、素材の出っ張り。目に見えない微細なものもある。
通常は、バリ取り機などで除去したとしても、今度はバリを取った部分から目に見えない新たなバリが出てくることもある。
しかし同社の場合「加工時にバリが残らないようにしています。それもノウハウです」と力説。かすかにバリが残っているものと、そうでないものは、触った感じからも違いがはっきりするという。そのため、メーカーにとっては、安心して調達できるのだ。
■ボーナスは年3回
こうした技術により、発注先にとっては欠かせない存在に。そのため、同社はボーナスを年3回(6月、11月、1月)に設定し、業績や個人のやる気を見て出している。
小さな町工場の理想型を実現する同社。今では、経営のほとんどを後継者に任せているが、コロナ禍にもあまり左右されず、好業績を維持している。
技術追求に並行して注力するのが次世代人材の育成。「町工場ゆえに、人が集まりにくい」のが悩みという。
後藤社長は現在、新しい治具21種類の開発にも挑戦する。また、「さらに新しいものを作り出したい」という強い思いから、定時制高校にも通い続けている。今春3年生になるという。